東京大学石田浩前所長が丸川知雄教授の行為に対する評価

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2015年4月6日に東京大学ハラスメント防止委員会に提出したのは、申立書1ページ、陳述書(手書き)11ページ、書証一覧5ページ、メールのプリントアウト等の書証112ページであった。

born ready

被告丸川知雄氏被告小森文夫氏

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警察署に書証、相関図などのコピーを預かっていただいています(保管期限3年だそうです)。

それに、警察署に「大学以外に訴えよう」とすすめられました。


提出した訴状が既に東京大学社会科学研究所丸川知雄氏と東京大学人事部労務・勤務環境課小森文夫氏(物性研究所)に届いたと思います。


応援してくださった方々に感激です。いろいろ辛いですけど、最後の最後まで、研究活動も申立も諦めません。諦めたくないです。現実世界から逃げたくありません。

ブログの文章などについて、ご指摘してくださった方々にも感謝します。


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正義・人を再び信じる勇気 & 揺るぎない信念

どうか私にもう一度人を信じる勇気を与えてください。

大学の中で助けを求めていたのに、いろんな人たちに騙されたり、裏切られたりしていました、
けれど、一部のうそを乗り越えて、清浄な心を持ち続けたいです。
申立のことは諦めません。
アカデミーハラスメント・パワーハラスメント行為をした丸川知雄教授と隠ぺい・差別行為をした小森文夫教授を許しません。
ただ、申立は人生の全てではなく、人生の一部です。ほかにやり甲斐のあることも頑張り続けます。
死を選ばなかった私はきっと死ぬ覚悟より強い意志で自分がやると決めたことをやり遂げます。
つづく

泣寝入りより前を向いて歩こう

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撮影:2015年11月1日朝7時 東京大学本郷キャンパス安田講堂

 

2015年10月31日(土曜日)に東京大学ハラスメント防止委員会が15-1号案件のために設置した全学調査班の報告書が届きました。

調査報告書に「丸川知雄教授が申立人の私に謝罪をすべきであったことが指摘できる」とも書いてありませんが、でも何も救済措置をとってくれませんでした。

一晩眠れなくて、11月1日(日曜日)の朝に始発電車に乗って、大学に来ました。

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日曜日に学校に来ても、訴えようとしても、誰もいないはずだと知っていましたけど、来ちゃいました。

三四郎池の前で、全学調査班班長小森文夫教授が丸川知雄教授を庇うために「全学調査班報告書」に書いた内容、8月3日に小森文夫教授が「社研のことについて我々報告することできないですかね。できないですね」と仰った時の顔、次々と浮かび上がってきました。

池を眺めて、絶望感が襲ってきて、いっそう死んでしまったほうが楽かもと思っていました。

でもなぜ?なぜいじめを受けている私が死ななければならないですか。死んだら、本当にほっとするのは私をいじめた彼らでしょう。

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池、浅いなぁ、これで死ねないかな、これで、死んでも死にきれない、って思って...ずっと池の前で立てました。

三四郎池、相変わらず、綺麗なぁ。死んだ人は何も見えない、聞こえない、話せない。病死の人たちと比べると、私はまだ選択できる、生きるか死ぬか。生きているのであれば、何かできるかも、少しでも進めるかも

帰ろう、少しでも睡眠をとって、目覚めたら、現実に向き合おう。

それで、安田講堂の前を通った時に朝日をみました。私はまだ生きています。

アカデミーハラスメント・パワーハラスメント行為をした丸川知雄教授と隠ぺい・差別行為をした小森文夫教授を許しません。

全ては解決に向かって走っています。

全ては解決に向かって走っています。

道は予想より長いですけど、もう立ち止まることはしません。

アカデミーハラスメント・パワーハラスメント行為をした丸川知雄教授と隠ぺい・差別行為をした小森文夫教授を許しません。

去年の今頃いただいたアドバイスに従います。


生きて、ハラスメント・いじめと戦おう。

最近、これまでの記録、証拠となる書類を読んで、録音を聴いて、死にたいほど辛いけど(死んだ瞬間楽だと感じるかもしれない)、電通の高橋まつりさんみたいに死んでしまったら、もう何もできない、聞こえない、話せない。これで死んでも死にきれない。

頑張って生きて、社会科学研究所丸川知雄教授や物性研究所小森文夫教授のあるまじき行為を公開する。

生きてハラスメント・いじめと戦おう。

丸川知雄教授との仕事関係のメールが年間700通以上もありましたが学生として研究指導は断られました

2014年1月月1日から2014年11月15日まで、丸川知雄教授と関わるメールのやりとりは700通以上ありましたが、そのなか、私の研究に関するのはただ十数通で、しかも基本的に丸川知雄教授が一方的に研究指導を断った旨のメールです。残る700強のメールは全部社会科学研究所の仕事関係のもので、中には私の人格を否定したメールもありましたが、ほかの人へのメールで、私をCCに入れて、ほかの方の前で私の人格を貶めたのもありました。

 

私は東京大学のいわゆる事実調査班に「2012年4月以来、3年間で研究指導を私が受けたことは一回しかありませんでした。ほかの時に丸川知雄教授に研究指導を断られました」、「丸川知雄教授との仕事関係のメールが年間700通以上もありましたが研究指導は断られました。」と申し立てましたが、

小森文夫教授:そこも認識が違うところで、丸川先生としては退職したいということで全部引き継ぎしたんですけども、また体調がよくなれば戻ってくる、また仕事に復帰するんではないかと考えていたということなんですね。

私:私、メールで丸川先生に申したのは、毎日学校でいじめを受けて精神的に耐えられないので仕事を辞めさせていただきます。

以上は2015年8月3日の反訳の一部です(録音あり)。

小森文夫教授は事実調査班班長で、東京大学物性研究所所属です。

実際に当時丸川知雄教授がメールで私の退職にオーケーを出しましたが、裏側で社会科学研究所の係りに指示を出して、私のことをずっと「無断欠勤」としました。

次回、東京大学事実調査班との面談の反訳のほかの部分を紹介します。

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